母子家庭となってみて分かったこと

こどもプログラミング

2人の子供を連れて、結婚生活5年で離婚に至った私は、シングルマザーとして2人の子供を育てていく決心をし、離婚の前にまず、自分の生活基盤を固めることを考え、とにかく結婚生活を続けている時に、仕事を一生懸命探しました。

子供達を保育所に預け、めいいっぱいの時間の中で正社員として働ける会社はそうたくさんありませんでした。やっとの思いで見つけた会社こそ、いったい何個目の会社の面接だったのだろうと感じたくらい、もう、自分でも訳分からなくなっていました。

それでも私のような条件ながら採用して下さる会社に出会い、ここで力一杯働くことを決意しました。

仕事を始めることは、結婚、妊娠、出産を経て、何とも久々すぎたので、本当に社会復帰が可能なものかとても不安でした。

日々の仕事に慣れながらいろんなことを教わり、やっとこの仕事にも慣れてきた頃に離婚が成立し、私としては何とか子供達を連れてもギリギリでも生活できる基盤ができていたので、さほどの不安なく家も探し、子供達と新しい生活をスタートさせることができました。

それでもやはり全く不安がない訳ではありません。今はまだ子供が小さいのでそんなにお金はかからずにいれる割にはギリギリすぎる生活なので、これから子供が大きくなるにつれてどれほどの教育資金が必要になるのかと思うと、すでに今から贅沢はできず、毎月を切り詰めて生活しなければなりません。

母子家庭になって色々な手当てを受けることができる中に、金銭的に頼れることもありますが、やはりそれを頼るばかりではなく、自分でも頑張らないといけないということを身にしみて感じました。

また困ったときは自分だけで悩まずに相談することが大切です。私は「埼玉県の離婚相談」というサイトで相談先を見つけました。

大事なのは1人で悩まず、悩みを多くの人と共有することだと思います。

シングルマザーと育成会の役員

子供のためにと思い、去年度は育成会の役員を引き受けました。3月の終わりに総会があり、やっと次の方に引き継ぐことができました。1年間は長かったです。

学校のPTAの役員もしたことはありましたが、今回の育成会の役員は肩身の狭い思いをしました。父親の協力や参加を求める機会が多かったからです。

男手が必要な力仕事や、協力が必要になった時に、できる人を集めるときに協力できないことに、子供が嫌な思いをするのではないかと不安になりました。

他の方はみんなご主人がいました。単身赴任の方が多かったので、少し気持ちは楽になりました。

球技大会の時には、審判がたくさん必要になりました。主審や塁審などは、ヤジがあるため男性の参加をお願いすることになったからです。

 

地域の運動会でも、準備係などもあり家族そろって、お父さんの参加も多かったです。餅つき大会でも、準備や接待係が女性で、餅をつく係が男性と、何度も子供に寂しい思いをさせてしまいました。

私はできる限りの協力や手伝いを行いました。私自身は楽しい1年でした。友達もたくさんできました。子供も色々な行事に参加して楽しそうでした。

自分で選んだシングルマザーの人生でしたが、時々寂しい気持ちになります。小学校では、シングルマザーの方はたくさんいて、心強いです。しかし、地域の行事になると困ります。年配の方に、お酒を飲むとシングルマザーのことをつつかれてしまします。

何があっても負けないつもりでいたのに、ちょっと気弱になってしまう瞬間です。